初めまして、山口祐樹と申します。
このページではインターネットビジネスで3億円稼いだ僕のプロフィールを話していきます。
動画でも自己紹介しています。
約30秒ほどで読めるようにまとめると、以下のような経歴です。
・14歳で商売デビューをして、不良のボス相手にゲームを売りつけていた。
・18歳で中国から仕入れた物を日本で売る「転売ビジネス」をスタートさせるが、母親にアダルトグッズの仕入れがバレて死にかける。
・大好きな彼女が出来て童貞を卒業するが、ビジネスに没頭しすぎてデート中ビンタを2発食らう。
・日本での居場所がなくなったため、マレーシアKLの日系IT企業に入るも、わずか1週間で従業員全員に嫌われてしまう。
・マレーシア宿泊先のコンドミニアムで金髪、パーマ、挨拶無視が特徴のメンターと出会い、人生が180度変わる。
・日本に帰国後、コンテンツビジネスで「累計1億円」ほど稼ぎ、世界で一番イケてる男は自分だと勘違いする。
・タワマン、ベンツ、ブランド服(ルブタン)を買い揃えるが、虚無感で死にたくなった瞬間。
・人生に迷走し、宗教団体(カルト教団)に約1000万円お布施するも、きちんとした詐欺をされた話。
・マレーシアのメンターと再会し、人生の役割(使命)を授かり、それに没頭する日々。
こんな感じです。
他にも、サプリに月20万円使っていたり、仏教・キリスト教・古神道・哲学などを学んで思想と執筆に没頭したり、渋谷でストリートナンパを猛特訓したりしていました。
ただ、ここまでたどり着く道のりは、全く持って華やかなものではありませんでした。
1995年:家庭内で宗教戦争が勃発していたタイミングで産まれてしまう
愛知県岡崎市で、母親の家系はキリスト教、父親の家系は仏教という、両親が異なる信仰を持つ家系に生まれる。
毎日の晩御飯の時にいう「いただきます」「ごちそうさまでした」ですら、合わせる手の形が神様が異なるため、それぞれのスタイルで祈りを捧げていた。
しかし、その度にお互いイライラし、激しい貧乏ゆすりをし、食事中は誰も喋らない殺伐とした空気に食卓が包まれていたのを覚えている。
家族構成としては、日本人に振られ続けてスイス人と結婚した姉、腸に難病を抱える兄がいるなか、更に母親が思いもよらぬタイミングで僕を妊娠。
それゆえに母親が高齢出産になり、生まれつきアトピーアレルギーで生まれてしまう(今は完治)。
2001年:おばあちゃんの財布からお札を抜き取っていた小学校時代
アルファベットを教わること、漢字を覚えること、数式を学ぶことを激しく拒絶する。
担任が「先生の私が言っているのだから、あなたも勉強しなさい」と連呼するのに対し、「そんなの興味ない」と言い放ち「ポケモンカードの戦略を練ることに集中したいから放っておいてくれ」と強気なオファーを出す。
権力への抵抗はこの時点から始まっていた。
また小学校3年生の頃には、
- 人の遊戯王カードやゲームを借りパクして、近所のカードショップで転売する。
- 兄のプレイ時間400時間超えファイナルファンタジーのデータを興味本位で消してみる。
- 定期的におばあちゃんの財布から1000円札を盗むライフスタイル確立。
- クラスの女子のバレンタインでチョコをねだって一定数貰うが、一切お返しをしない。
など反社会勢力としての才能を開花させてしまう。
完全に親父の精子からやり直したほうがいい人生である。
2007年:不良のボスメンバーに商売デビューした中学生時代
田舎特有のヤンキー不良文化がはびこる中、成績ゲームとステータスゲーム、いじめゲームから抜け出すために、商売デビューをする。
11歳からタバコを吸っていたボスヤンキー相手に、当時流行っていた「PSP(プレステーションポータプル)」というゲーム機を改造して、海外サイトからゲームの違法ダウンロードするビジネスをスタート。
このビジネスでヤンキー番長を顧客にすることに成功し、「山口をボコしたらお前も殺す」と僕に「用心棒」がつき、彼のおかげで僕の学校生活は大変安定したものとなった。
・・・が、この「勉強しない」「不良と絡む」「謎のポジションがある」というスタイルが担任の先生に強い嫌悪感を与え、人類では珍しく、同級生からではなく、担任の先生から「このクラスの問題は全てお前が引き起こしている」など理不尽ないじめをうける。
しかし、僕はもう既に学校中にクライアントがいて、守ってくれる人がたくさんいたため、周りのクラスメイトの仲間だけではなく、不良集団にも庇ってもらい、次は逆にその担任の悪い噂が学校に広まる。
最終的に、僕の母親がその担任の先生の理不尽な対応にぶちギレ、収束する。その後、担任は保健体育の人妻先生と不倫し、今は県外に飛ばされたそうな。
この時、人生初の彼女(偏差値35)ができる。テストのたび「二人合わせて偏差値70だね♡」とか言ってイチャイチャしていた。
ところが、わずか一週間で「私たちは目指す方向性が違うと思う」と断言され、バンドメンバーのような解散を遂げる。
その後、すぐに高いITリテラシーを活かしながら、中学生ながらにして海外の無修正エロ動画で週7オナニーをするライフスタイルへ収束してしまう。
2010年:アルバイトの面接にいく前に落とされていた高校時代
勉強を全くしなかった僕は、地元一番の馬鹿工業高校(偏差値30代)へ入学。ここには愉快な仲間たちがたくさんいた。
職業「恐喝」の友人、万引きプロフェッショナル、ほぼ全裸で授業受講、授業中にモンスターハンターでリオレウスを2体倒す、何の前触れもなく窓ガラス割るやつがいたりと、とにかくカオスである。
僕自身も工業実習の時に、担当教官から「正直、驚きました…過去最低の作品と今日出会えるなんて」と最高レベルの酷評をいただく。
高校三年生でABCのアルファベットのテストが出たり、卒業手前になって「山口、分数ってなんだ?」と友人にガチで質問される始末。
クラスメイトの9割はThank you(サンキュー)が「S」から始まると確信してブレない。
そんな状況を見て僕は
と鼻で笑っていたが、僕もこいつらと同じ偏差値で、同じ学校にいるという最大の盲点に気づき、人生に絶望する。
また、PSP改造ビジネスが一般認知され、サービスがあまり必要とされなくなったため、人生初の「アルバイト」を決意する。
しかし、まだ見ぬ美女と会うためにケーキ屋さんのバイトに応募するも、電話で「この職場はあなたみたいな人が一番合わないと思う」と女性スタッフに下心を見抜かれ、社会の厳しさを知る。
落ち込んでいた最中、ここで不良の友人からまた「PSPでゲームをもっとダウンロードできるメモリーカードがほしい」との依頼が来て、安く仕入れるための中国人の知り合いを作り、輸入転売ビジネスを開始する。
2013年:サラリーマンの副業で、また裏技ノウハウで稼いでたが、彼女に2発ビンタされた社会人時代
中国転売ビジネスで毎月10万円利益+給料9万円を稼ぎ、会社寮の6畳一間のボロ寮に男二人で住む生活(風呂トイレ別)が始まった。
こんな生活への抗議の意味を込めて、仕事中は一日中ネットサーフィンを行うことへコミットする。
当時の指導官に「いつか一生懸命働く意味がキミにもわかる」と言われるが、そのニュアンスは今の僕もわかっていない。
そんな思いが募る日々を送っていた。そんなのは緩やかな自殺であり、人間としての営みを放棄しているように感じた。
ある日、会社のサーバー経由でエロ動画をダウンロードしすぎて速度制限がかかったところで、偶然、中国輸入ビジネスを本気で行なっている人をネットで見つけ、人生で初めて、「高額塾(全世界トレードスクール?みたいな名前)」を30万円で受講する。
生理現象の時間以外は全てその勉強に費やした結果、中国輸入ビジネスで月商100万円を達成し、その結果を周りに自慢することで、同期から神格化される。
が、僕の童貞を奪った最愛の彼女のラインを無視し続けて、中国人とばかり会話していた結果、「あんたは何がしたいの?」とデート中にビンタ2発食らい、関係性終了。
女心の難しさを知った年だった。
2014年:転売ビジネスで飯を食っていたが、小手先のテクニックで稼いでいた脱サラ時代
という思いがナチュラルにこみ上げるほど、僕は限界までこのサラリーマン生活に嫌気がさしていた。もう限界だったので、悩みながらも辞表を出すことを決める。
- 母の「あなたは絶対ビジネスに向いていないわ、普通に仕事して」という説得を無視。
- 直属の上司から「山口くんは絶対に出世するよ」と言って可愛がってもらった期待を裏切る。
- 同期に「お前と同期だから俺までやばいやつ扱いされている、なんとかしてくれ」と煙たがられる。
・・・そんななか、勇気を振り絞って課長へ辞表を出すことに成功する。
しかし、その反動で地元に居場所がなくなり、家族にも煙たがられ、引越しを決断。名古屋の大須にある1Kマンションへ入居開始。
中国輸入はグレーな手法で稼いだり、アフィリエイトでも犯罪スレスレの方法論を行なったりして、なんとか食いつないだ。しかし、
と感じ、何か資産となるものを作ろうと感じ、「情報商材アフィリエイトブログ」を開設するが、何も売れないゴミサイトを作ってしまう。
ちなみに、この時作った処女作の情報商材「アフィリエイトで稼ぐ究極の方法」はいまだに一本も売れていない。完全に僕の黒歴史である。
と思い、次の日には日用品を全て捨て、次の週にはマレーシアの日系IT企業へ入るという奇行へ走る(ちなみに海外童貞だった)。
家族には「しばらく友達の家で泊まることにするから連絡できないかも」と嘘をついて、羽田空港でエアアジアへチェックインする。
※この辺りは昔書いた「山口祐樹の自己紹介〜アフィリエイトで1億稼ぐ夢を追いかけて人生狂った話〜」」で詳しく解説しています。
2016年:人生のメンターと出会い、彼をストーキングしていたマレーシア時代
マレーシアのKL(Kuala Lumpur)空港に着くと、そこには先輩が「ようこそ」と良い雰囲気で迎えてくれた。僕の第二の人生幕開けである。
・・・が、ここから大きな問題が発生する。
僕の持ち前の性格である「大口を叩くが、何もしない」という特徴をフルに生かし、その先輩を含め、またも社員全員に嫌われてしまい、わずか1ヶ月で会社をクビになり、帰国を命じられる(今思えば全員におでこから血が出るほど土下座したい)。
仕事で誰にも話しかけられなくなり、居場所もなくなった特性を活かし、マレーシアにてTinderという出会い系アプリで外人とマッチングしようと試みる。
帰国までの残り時間で、中華系ベトナムのロリ系美女(21歳)とデートを重ね、ベットインした後、マレーシアの売春システムを教えてもらう。本当に恐ろしい世界だった。
また、東南アジア特有のタイ米とパクチーがとどうにも口に合わず、中華系ベトナム美女にも意味不明なベトナム伝統料理(以下写真)を振舞われ、ゴミのような食生活を送り、24時間下痢をするライフスタイルを確立する。
と思っていたその頃、そのマレーシアの日系IT会社をコンサルしている金髪パーマ(今はロン毛ポニーテール)の40代男性と偶然出会う。
何か彼に特別パワーを感じた僕は、ありとあらゆる手段で接点を持とうと試みたが、全て失敗に終わり、結局日本に帰国する日になってしまった。
・・・が諦めきれなかった僕は、ついに切り札を使う。彼が参加している超高額セミナーに偶然を装い、
と立て続けに5回以上会ったのだ。
熱心にストーカーをし続けた結果、弟子入り?に成功し、僕は彼が主催する経営者の合宿や、あらゆる集まりに参加できるようになった。
何か、その人と関わっていることに誇らしい気持ちを持ち「この人に認められたい!」と思えるようになり、その人の音声教材をほぼ24時間聞くというライフスタイルを獲得。
その音声での学びをアウトプットするにブログを立ち上げ、僕の学んできたビジネスノウハウを「コンテンツ」として販売する「コンテンツビジネス」を行う。
その「コンテンツ」の販売プロモーションで月商2400万円(ほぼ利益)を達成するが、完全に調子に乗ってしまう。
2017年:最新設備タワマンに住み、左ハンドルのベンツCLSを乗り回していた、ビジネス初成功時代
メンターの教えを活かし、僕は21歳という若さで年間3000万円稼ぐようになった(ほぼ利益)。
しかし案の定、僕の鼻はピノキオより伸びてしまった。「俺より最強の21歳はいない」と勘違いし、それを誇示するかのように、ジム、BBQ会場、図書館、温泉付きタワマンに住みベンツCLSクラス、ブランド物多数を買って買って買い続けた。
「派手であれば派手であるほど良い」という山口家の悪い血が騒ぎ、当時はトイレの水をシャンパンにしようか悩んでいた。
・・・が、彼女もいないのに左ハンドルに乗った代償として、駐車チケットを自分で毎回、車の扉をあけて徒歩で取りに行き、その時間ロスで後ろの車が渋滞し、よくクラクションを鳴らされていた。
当時流行っていたブランドのルブタンのスタッズ付きの靴も、冬場に自分で自分の足を蹴り、大量出血不可避の深い傷を負う。それ以来、一度もルブタンを履いていない。
これまではお金を稼げば幸せになれるとビジネスに没頭できたが、「思ってたのと全然違いますやん…」と頭が狂いそうになる。
客観的に自分をみてみると
と思い自分がフェイク(偽物)の価値ばかり集めていたことにようやく気づいた。
ふと振り返ると、僕の人生はお金しかなかった。
そして、お金は僕の命や幸福を一切保証せず、ただの紙切れであることに気づく。仮にこのお金を失ったら、もうこのレベルの大金を稼ぐことは天文学的な確率で難しいと感じ、お金を失う恐怖に毎日怯えている自分が心底嫌いだった。
僕が死んだ時、必死に稼いだこの大金は何も暖かみをもたらさない。この人生にはもっと大事な何かがあるはずだ。
そう思った僕は、翌日にはタワマンベンツを全て手放し、とある宗教施設へ入信する。
2018年:「人生の真理は何か?」をストイックに求めたスピリチュアル時代
とある宗教施設に入信後、手始めにほぼ自動で年間3000万円を生み出すブログを破壊するというキチガイじみた行動をする。
今でも後悔しているが、当時はそれがかっこいいと思っていた。
なんなら、
とか思っていた。繰り返すが、今でもちゃんと後悔している。
この時、新たな収入源確保のため、当時必死にインプットしたいた状況を活かして、ビジネスだけではなく哲学やスピリチュアル、宗教学の要素も取り入れたコンテンツビジネスを行う「山口祐樹ブログ」を開設する。
そして毎日のように本を速読し、この宇宙の真理に到着しようと過去の偉人や哲学者、悟ったと言われる宗教家が執筆した本を読む日々を送り、鬼のようなインプットを重ねる。
当時お世話になっていた人の教えで「20代なら有り金を全部知識に変換しろ、どうせ将来稼げるんだから」というのを忠実に守り、累計1億円稼いだお金を全部セミナー、情報商材、コンサルティング、本へ投資していった。
しかし、仏教、キリスト教、古神道など、あらゆる宗教に学びにいったが、宗教浮気をしていたことが幹部たちにバレてしまい、「なんで他の教会にいく必要があるの?」と大人10人と僕1人で詰められ、無事またも居場所を失うプロセスを経る。
ちなみにこの時、某カルト教団に約600万円を支払ったが、いまだに約束されたコンテンツは渡されていない。そのほか100万円以下のお布施やミスは多数ありすぎて覚えていない。
「どうすればいいんだ…」と悩んでいた時、マレーシアのメンターに「台湾でお茶しませんか?」と誘われ、1秒でその住居を解約申し込みをスタートさせ、再びアジアへ旅立つ。
2019年:メンターと東南アジア放浪し、自分が今やるべきことを悟った時代
20代前半で1億円を稼いでも、スピリチュアルも学んでも、結局のところ人生をどう生きていいのかわからなかった僕は、「なにかヒントがありそうだ」とメンターに誘われるがままに世界中を旅行した。
マレーシア、台湾、チェンマイと駆け巡りたくさんの思い出を作りながら、その過程で僕の心の葛藤を全て正直にメンターに打ち明けた。
- 僕がコンプレックスでビジネスを初めて、短期的な裏技的テクニックでお金を稼いだ結果、虚無感に襲われたこと。
- スピリチュアルも1000万円以上かけて勉強したが、どうしていいのか分からなかったこと。
- 結局、お金も失い、信頼も失い、友達も彼女も全て失ってしまった哀れな状況にあること。
メンターは話を黙って聞いてくれた。そして僕は何か自分の心の深くにある「ドロドロした闇」みたいなものがスッと消えていった感覚があった。
・・・しかしその後、体調を急激に崩し何も食べれなくなる。食べても飲んでも全部嗚咽しながらゲロ吐いてしまうのだ。その3日後、台湾の九份のど真ん中でぶっ倒れてしまい、急遽ホテルへ帰ることになる。
完全に自律神経がストレスで狂ってしまい、体重も40kg代のガリガリ状態になり、完全にこのままだと「死」に至ることを覚悟した。
ただ、不思議なことに僕の脳はフル回転し、あらゆることに感謝できるようになった。今、自分がこの場で生きていることの奇跡を感じていた。
今思えば、死ぬときにでる脳汁が分泌され、一時的に悟ったような意識状態になったのだと思う。
そう思った旅行だった。そして今、この記事を執筆し、あなたが読むまでに至った。ここまであなたを引き寄せた全てに感謝している。本当にありがとう。
そして今:このブログで伝えたい理念
本当にありがたいことに、こんな僕でも今は、元ヤクザの年商100億円オーナー、投資市場No.1コピーライター、政府の重鎮がアドバイスを求る医者など、たくさんの人生の先輩方に相談できる環境があります。
先輩たちと話していると、彼らは「お金儲け」をしているのではなく「資産形成」をしているんだと気づくことが多いです。
※この辺りは1億円以上売ってきた僕の得意なこと、できなかったこと。や情報発信歴5年の集大成となる山口祐樹の理論・セミナー集で解説しています。
「資産」とは、あなたが所有するお金のことではなく「あなたが所有するお金を全て失った時に残されるもの」のことであるとこのブログでは定義します。
裏技やテクニックで簡単に稼いだお金は、不思議なことに簡単に消え失せます。
僕自身がそうだったので声を大にして伝えたいのですが、テクニックだけでは「アメブロが稼げる」「Twitterが集客できる」「Youtubeの時代だ」などのトレンドをおっかける人生になり、その間に本当に大事な彼女、家族、友人を失うことになる可能性が高いです。
しかし、仮に今僕の貯金が0円になったとしても、僕がこれまで積み上げたマインド、魂、肉体、スキル、経験、知識、人脈、信頼は残り続けます。
ぶっちゃけ僕も今貯金が0円になろうとも、「資産」を蓄積しているので、何度も復活可能な自信があります。
お金、土地などの有形の資産は、目に見えない無形資産の土台があって初めて成り立つことを、体が覚えているからです。
ユダヤの教えにこんなものがあります。
They can take your money, your car, your house, but they can’t take away your knowledge, and with that, you can always come back because you know how to learn, how to do.
“みなさんのお金、車、家を奪うことはできる。しかしみなさんの知識を奪うことはできない。”
なので僕は、こうして自分の葛藤を赤裸々にあなたに「ブログコンテンツ」として共有することで、あなたも僕も人生が豊かになる発信ができたらなと思い、この記事を執筆しました。
また、僕のコミュニティメンバーや友人も、各々自分の「資産(あなたが所有するお金を全て失った時に残されるもの)」を蓄積して、そして「コンテンツビジネス(自分の知識、経験、情熱を情報コンテンツにして販売するビジネスモデル)」として発信することで、数千万円、数億レベルの収益をほぼ自動的に得ている人が多いです。
今、僕がこうして理想の生活を手に入れたのは、すべて「無形の資産(知識、経験、スキル、マインド等)を蓄積し、それをコンテンツビジネスとして発信することで、他人にも与えまくったから」できた、と断言できます。今あなたが見ているこの山口祐樹ブログも「コンテンツビジネス」の1つです。
・・・なんとなくイメージはついてきたでしょうか?
最後に、難病治療家のメンターの以下のような言葉も添付します。
物質的な成功、経済的な成功を手にされた方、または
逆にお金に苦労されたままの状態でお亡くなりになる方も
たくさんいます。どんな人であれ、共通して話される事が2つあります。
彼らが私に最後に教えてくれるのは、
『家族を大切にしなさい』
そして、
『人にもっと提供しなさい』
という2つです。
もっと高級車に乗ったら良かったとか、高級時計を買いたかったとか、
人より稼ぎたかった、とか競争に勝ちたかった、とはなぜか
誰も言いません。家族をもっと大切にすれば良かった。。
もっと子供たちと時間を過ごせば良かった。。
もっと奥さんに愛を伝えたら良かった。。
周りの人をもっと大切にするべきだった。。
もっと惜しまず多くを提供すれば良かった。。
あまのじゃくで人の言う事をあまり聞かない私ですが
人が人生の最後を迎えて残すメッセージはなぜか
私の心の深い部分にインパクトを与えます。人はいつか死にます。
必ず人生は終わる時がきます。
その時、やっと一番大切な事が見えてくるのかも知れません。
なので私は彼らのメッセージに耳を傾けています。
もう隠す必要はないので言いますが、僕自身が、だれよりももちろん表面的なブランド、テクニックを身につけた人なので、それに没頭する気持ちもよくわかります。
・・・しかし、あくまでそれは「見えない無形資産」を装備するからこそ輝くものです。
表面だけ塗装した家で、内装がボロボロならだれもそこにずっといたくないのと同じで、小さな嘘をついたり、ブランド物で表面だけ着飾っても、長期的に考えればすぐボロはでてきます。
ちなみに、僕は過去1800件以上ネットビジネス関係者と関わってきましたが、うまくいっている人ほど「今、どれだけお金を確保(or稼げているか)しているか」は考えていません。むしろそんな話は一切出てこないです。
どれだけ「資産(あなたが所有するお金を全て失った時に残されるもの)」を蓄積して、そして「人にそれを提供しているのか」を基準に考えます。
お金は使ったら無くなりますが、知識やスキルはどれだけ使っても無くならないからです。それどころか使えば使うだけ上達して増えていきます。
だから、僕たちはこの「資産(あなたが所有するお金を全て失った時に残されるもの)」を蓄積して「人にそれを提供しているのか」をベースに考えていきます。そして誰でもできるレベルで落とし込んだのが、この「コンテンツビジネス」なのです。
この記事では、誰よりも「資産」の理解を見誤って、表面的で、物質的なものを求めていた僕が、本当の資産を蓄積出来るようになった話を共有しました。
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山口